硝子戸の中 (文庫)

硝子戸の中 (文庫)
夏目 漱石

 大病を患い外出もままならない漱石が、自宅の「硝子戸」の「中」から垣間見る世間と自分との関りについて自由に思索を巡らせた随筆集です。
 私が特に好きなのは、漱石の子供たちが可愛がっていた飼犬の話。
仔犬の頃は周囲の人気者だったものが、年をとって病気になり、やがて皆に忘れ去られるようにして死んでしまう。
移ろいやすい世間の心情とは別に、漱石は最初から最後まで静かな愛情でもって犬に接し続けます。
かといって、年老いた犬に態度を変える世間を責めるような、教訓めいたところはありません。
自分の病体と老いた犬の姿を重ね合わせたりもするのですが、そこに大げさな悲哀は感じられません。
 どこまでも淡々と静かに犬の一生を書き綴っているだけなのですが、漱石の美しい簡潔な文章を通して、人の世に対する慈愛みたいなものがじわじわと伝わってくるのです。
読み終えた後、苦しみや悲しみも含めて人生を肯定したくなる穏やかな気持ちに自分が包まれていることに気づきます。
慌しい日常からちょっと距離をおいて、ゆっくりとした時間の中で読みたい本です。 (AMAZON より)