● 言葉


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瀬戸内寂聴

幸福な人間には本当の文学を産むことが出来ない。
心に体に痛みをかかえ、それに孤独に耐えている時、止むに止まれぬ 心の叫びが湧き、人は思わずペンを握る。
書くことは救いとなり、慰めとなり、呪いとなり激しい闘いともなる。
自己救抜の力を持った文章や詩は、他者の痛みをも救い癒しにもなる。
闘いの武器ともなる。
私は徳島の生れなので、もの心ついた時から、多くのハンセン病患者の遍路姿に接してきた。
北条民雄氏の小説も明石海人氏の短歌も、青春時代読んで、深い感銘を受けた。
自分の健康体がとんでもない罪を抱いているようで眠れない夜もあった。  

今、ようやくハンセン病文学全集の刊行を見る。
収められた作品から、彼等の理不尽な運命に耐えてきた慟哭に耳を傾け、彼等の受けてきた不当な処遇に、何の手も貸さなかった自分の罪と恥を、地に伏して懺悔し、彼等や苦しみの文章や詩に心から合掌したいと思う。