●『恋文』は不思議な小説である。

結婚十年目を迎えた夫婦。
ある日突然夫が家を出る。
結婚前につきあっていた女性が身寄りのないまま難病にかかり、あと半年の命だと知って、その女性のために生きようとしていたのだ。

夫は妻と離婚してまでその女性の最後を看取(みと)ろうとする。

身勝手な夫を妻は卑怯(ひきょう)だと思う。
しかし同時に、何気なく過ごしてきた夫との十年で、今初めて一人の男として夫を意識している自分に気づく。
病院での挙式のとき、妻は白い封筒を差し出す。
離婚届が入っていた。
「俺、こんな凄(すご)いラブレター初めて貰(もら)った……」。